「柳の木」
初めて日本語で書いてみたショートストーリーです。英語訳はこちらになりますーThe Willow Tree. (English Version)
柳の木
私の子どもの頃に、家の近くにあった川の土手で立派な柳の木が生えていた。
学校の帰りによくその柳を眺めに行っていた。長い長い間その静かでいつも泣き出しそうな枝葉を、側から見ていた。俯いて悲しそうなあの柳はとても可哀想だった。けれど、風が吹きだすと柳は深い悲しい夢から起き上がり、舞い始めていた。小説のページ百枚が同時に捲られるような音が響き渡る。地球の奈落の底を探し求めていたあの枝葉は俄かに揺れる。まるで深海に生きるべきクラゲの一種になっていたその柳の木は私を完全に魅了していた。その宇宙からやってきたような生物の幽艶な舞いを何時間も見ていた。
いずれ友達と遊ぶ約束を破って柳を眺めに行くようになった。なんでだろう。別に友達と遊びたくない訳じゃなかったし、特に悩みでもなかった気がする。只々ひたすらその不可思議な舞いに陶酔していた。まるで私の魂が無数の糸になり、その糸が風に散らされてその柳の枝葉に絡まれた。魂の糸が枝葉と一緒にそよ風に吹かれて舞った。
日頃の行いのせいか長身痩躯のせいか、学校で「柳女」ってあだ名がつけられた。それも別に構わなかった。柳さえいれば私には魂の拠り所があった。私の魂はそこに居てそこで舞っていた。柳を目の前にしてない世界は段々薄れて疎く感じた。学校に過ごしていた時間も家に過ごしていた時間も郷愁でたまらなくなった。ああ、早くあそこへ行きたい。早くそよ風に吹かれて踊りたい。早く、早くあそこに居たい。
それは夏の日だった。夏なのに、不思議に肌寒かった。大切ななにかを失うときに感じる寒さだった。意味のない授業を終えていつもどおりすぐ柳の元に急いで行った。けれども柳の代わりに川の土手にあったのはまだ乾いてさえないセメントコンクリートと、適当に置かれた一本のセーフティコーン。私の魂は柳とともに根ごとひん抜かれていた。
私は暫くそこに立っていた。そこで数十分沈黙に立つといつしか側にやってきたじいさんに気がついた。
「ひでぇのう。あんな立派な木を伐るとはねぇ。」
じいさんは白髪に手をやった。
「でもまぁ。仕方あるまい、嬢ちゃん。この柳は大分前から病気だったでのう。」
じいさんは持っていた鞄の中から紙一枚を取り出し、私に差し伸べた。
「ほれぃ、嬢ちゃん。そう落ち込むな。木はもう戻れんが、生きてきた時間は消えない。これ、あの柳を見て描いたもんだ。嬢ちゃんに受けてほしい。いつもここに立ってあの木を眺めてたろう。」
じいさんはまた私に絵を差し伸べた。受け取るとじいさんは満足そうに頷いてからゆっくりと去って行った。
水彩画だった。川の土手に生えている立派な柳の木の舞い上がる枝葉と一緒に、嬉しそうに空しそうに、一人の少女が踊っている。